地球を貫通する穴を通る物体の運動

はじめに

この記事を書くことになったきっかけは先日放送していた頭脳王というテレビ番組である。その中で地球を貫通する穴を通る物体の運動についての問題が出た。このような条件の場合、結論から言うと物体は自由落下せずに単振動をするという興味深い結果が出てくるのだが、この番組はやっぱりお約束の条件写す時間Δt&解説量εだったので、*1物理的に興味深い背景のある内容なのに説明もしないままほったらかしにするのはもったいないと思ったので勝手に説明しようと思った次第である。*2

「高度な物理力」を手に入れたい人は、少なくともこの記事の内容は理解できる必要があるだろう。

流れは以下の通り

  1. 地球内部の重力場1 - 球殻周辺の重力
  2. 地球内部の重力場2 - 球殻の結果を積分
  3. 物体の運動方程式を立てる
  4. 運動方程式を解く

レベルとしては1,2が大学初年度でやる力学のレベルであり、3,4は高校レベルの物理だ。*3地球を貫通する穴はたまに入試問題のテーマとなるが、そのようなときは1,2の内容は問題文に前提として与えられている。(ちなみに”数学について解説するブログなのに物理を解説するのはどういうことだ”というツッコミは気にしない方向性で行きます。積分計算とか実質数学でしょう(適当))

 

制約条件

まず以下の条件を仮定する。

  • 地球は密度が場所によらず一定値{\rho}である。
  • 地球は半径が{R}の球であり、質量は{M}とおく。
  •  つまり{M=\frac{4}{3}\pi R^3 \rho}である。
  • 地球の中心を原点とする{xyz}座標を取る。
  •  つまり地球は{x^2+y^2+z^2\leq R^2}という領域で表される
  • 穴は{z}軸である。つまり{(0,0,z)\{-R\leq z\leq R\}}上を物体は運動する
  • 物体は質点とみなすため穴の大きさについては考えない。物体の質量はとりあえず{m}とおく。ここで{m}{M}に比べて十分に小さいものとする。*4
  • 万有引力定数を{G}とおく。

また、{xyz}空間に対して球面座標{(r,\phi, \theta)}を取る。

変換公式としては

$$\left\{\begin{array}{ccl}x&=&r\sin{\theta}\cos{\phi}\\y&=&r\sin{\theta}\sin{\phi}\\z&=&r\cos{\theta}\end{array} \right.$$

 である。このとき、{0\leq r \lt \infty,0\leq \theta\leq \pi,0\leq \phi \lt 2\pi}となる。

1.地球内部の重力場1 - 球殻周辺の重力

いきなり球面から考えるのは難しいので、半径が{r_0\leq r\leq r_0+\Delta r}までの球殻から考える。

 球殻上の{\theta_0\leq\theta \leq \theta_0+\Delta \theta,\phi_0\leq \phi\leq \phi_0+\Delta\phi}が示す微小領域が物体に及ぼす万有引力を考える。

微小領域は各辺が{\Delta r,r_0\Delta \theta,r_0\sin{\theta_0}\Delta \phi}の直方体に近似できるため、体積は{r_0^2\sin{\theta_0}\Delta r\Delta \theta \Delta \phi}である。よってこの領域の質量は密度をかければいいので

$$\Delta M= \rho r_0^2\sin{\theta_0}\Delta r\Delta \theta \Delta \phi$$

となる。微小領域がある位置は

{\vec{r_1}=(r_0\sin{\theta_0}\cos{\phi_0},r_0\sin{\theta_0}\sin{\phi_0},r_0\cos{ \theta_0})}であり、物体がある位置は

{\vec{r_2}=(0,0,z)}である。

 このとき、微小領域が物体に及ぼす万有引力*5

$$\Delta F=\frac{G\cdot \Delta M\cdot m\cdot (\vec{r_1}-\vec{r_2})}{|\vec{r_1}-\vec{r_2}|^3}$$

という式で表される。

ここで、

$$|\vec{r_1}-\vec{r_2}|=\sqrt{|\vec{r_1}|^2+|\vec{r_2}|^2-2\vec{r_1}\cdot\vec{r_2}}$$

$$=\sqrt{r_0^2+z^2-2zr_0\cos{\theta_0}}$$

 であることに注意して、球殻全体での万有引力の値を求めると、これは{(\theta,\phi)\in [0,\pi] \times [0,2\pi]}積分すればよいので、

$$\int_{0}^{\pi}d\theta \int_{0}^{2\pi}d\phi \frac{G \rho mr_0^2\Delta r\sin{\theta}}{\sqrt{z^2+r_0^2-2zr_0\cos{\theta}}^3}(r_0\sin{\theta}\cos{\phi},r_0\sin{\theta}\sin{\phi},r_0\cos{\theta}-z)$$

 ベクトルの積分については成分ごとに積分すればよい。

 ここで、力の{x}成分に着目すると、

$$\int_{0}^{\pi}d\theta \int_{0}^{2\pi}d\phi \frac{G \rho mr_0^2\Delta r\sin{\theta}}{\sqrt{z^2+r_0^2-2zr_0\cos{\theta}}^3}r_0\sin{\theta}\cos{\phi}$$

{\theta},{\phi}ごとに分けると

$$\int_{0}^{\pi}\frac{G \rho mr_0^3\Delta r\sin^2{\theta}}{\sqrt{z^2+r_0^2-2zr_0\cos{\theta}}^3}d\theta\cdot\int_{0}^{2\pi}\cos{\phi}d\phi$$

となるが、{\int_{0}^{2\pi}\cos{\phi}d\phi=0}であるため、{x}成分全体の値は0となる。{y}成分についても同様にして、{\int_{0}^{2\pi}\sin{\phi}d\phi=0}であるため、{y}成分の値は0となる。よって球殻から受ける万有引力の向きは{z}軸と平行である。

{z}座標についての積分

$$\int_{0}^{\pi}d\theta \int_{0}^{2\pi}d\phi \frac{G \rho mr_0^2\Delta r\sin{\theta}(r_0\cos{\theta}-z)}{\sqrt{z^2+r_0^2-2zr_0\cos{\theta}}^3}$$

積分の中身は{\phi}には依存しないため、先に{\phi}から積分してしまおう。そして定数を外に移動させると以下のようになる。

$$2\pi G \rho mr_0^2\Delta r\int_{0}^{\pi}\frac{\sin{\theta}(r_0\cos{\theta}-z)}{\sqrt{z^2+r_0^2-2zr_0\cos{\theta}}^3}d\theta$$

この積分については、{s=-\cos{\theta}}と置換すればよい。すると{ds=\sin{\theta}d\theta}となり、{0\leq\theta\leq\pi}ならば{-1\leq s\leq 1}となるため、

$$ -2\pi G \rho mr_0^2\Delta r\int_{-1}^{1}\frac{r_0s+z}{\sqrt{z^2+r_0^2+2zr_{0}s}^3}ds$$

 簡単のため{A=r_0^2+z^2,B=2r_0z}とでもする。このとき積分

$$\int_{-1}^{1}(r_0s+z)(A+Bs)^{-3/2}ds$$

については、頑張って不定積分を計算すると

$$\frac{1}{Bz}\left[(A+Bs)^{1/2}-(z^2-r_0^2)(A+Bs)^{-1/2} \right]_{-1}^{1}$$

となり、{\sqrt{A+B}=|r_0+z|,\sqrt{A-B}=|r_0-z|}であることから、

$$\frac{1}{2z^2r_0}\left\{|r_0+z|-|r_0-z|+(z^2-r_0^2)\left(\frac{1}{|r_0-z|}-\frac{1}{|r_0+z|}\right) \right\}$$

 となる。

絶対値が多いので{z}の値で場合分けをする。

(i) {z\leq -r_0}

このとき、{r_0+z\leq 0,r_0-z\geq 0}より、{|r_0+z|=-r_0-z,|r_0-z|=r_0-z}となる。これを代入してもともとあった定数を掛けると

$$\Delta F_z=4\pi G \rho m r_0^2\Delta r\frac{1}{z^2}$$

となる。

(ii){-r_0\leq z\leq r_0}

このとき{z+r_0\geq 0,z-r_0\geq 0}となるため、絶対値のところに代入をすると

きれいに0となる。よってこのとき{\Delta F_z=0}となる。

(iii){z\geq r_0}

このとき、{z+r_0\geq 0,z-r_0\geq 0}となるため、代入して計算すると

$$\Delta F_z=-4\pi G \rho m r_0^2\Delta r\frac{1}{z^2}$$

となる。((i)とは符号が逆になる。なぜなら{|r_0+z|,|r_0-z|}が一斉に符号が変換されて全体が-1倍となるからである。)

 

2.地球内部の重力場2 - 球殻の結果を積分

 前章の情報をまとめると微小区間{r_0\leq r\leq r_0+\Delta r}での球殻が及ぼす万有引力{\Delta F}は、

$$\Delta F(z,r_0)=\left\{\begin{array}{cc}4\pi G \rho mr_0^2\frac{1}{z^2}\Delta r&z\leq -r_0\\0&-r_0\leq z\leq r_0\\-4\pi G \rho mr_0^2\frac{1}{z^2}\Delta r&r_0\leq z\end{array} \right.$$

地球内部での万有引力を考えているので、{-R\leq z\leq R}を仮定する。

*6

これを球殻たちを積分して球にすることを考える。

このとき、球全体で考えたときの万有引力

$$F(z)=\int_{0}^{R}\Delta F(z,r)=\int_{0}^{R}\frac{\Delta F(z,r)}{\Delta r}dr$$

となる。{r}{z}よりも内側である場合のみを考えれば良いので

$$\int_{0}^{z}\frac{\Delta F(z,r)}{\Delta r}dr$$

となる。これについて、{\Delta F(z,r)}に先ほど求めたものを当てはめると

$$\int_{0}^{z}-4\pi G \rho mr^2\frac{1}{z^2}dr$$

 これは普通に多項式積分なので

$$F(z)=-\frac{4}{3}\pi G \rho mz$$

となる。

これに対して、{M=\frac{4}{3}\pi R^3 \rho,g=\frac{GM}{R^2}}とおいて整理すると({g}は重力加速度であり、約9.8m/s^2となる。)

$$F(z)=-mg\frac{z}{R}$$

となる。以降は座標を横に回転させて、

$$F(x)=-mg\frac{x}{R}$$と書くことにする。

3.物体の運動方程式を立てる

この系において、物体に働く力は万有引力だけを考えればよいだろう。

つまり、

$$ma=m\frac{d^2x(t)}{dt^2}=-mg\frac{x}{R}$$

となる。物体の移動する領域は一次元の直線であり、物体に働く力は位置に比例している。この時点で†高度な物理力†を持っている人々はあたかも†当たり前のように†単振動であるとわかる。だが高度な物理力を有していていようがいまいが、任意の人々にこの記事を見てほしいので微分方程式の解き方は次章に書く。

4.運動方程式を解く

この章の目的は{x(t)}{t}の関数で陽に表すことである。ここで{x(t)}の条件を整理してみる。

  1. {m\frac{d^2x(t)}{dt^2}=-\frac{mg}{R}x(t)}を満たす。
  2. {x(0)=R,\frac{dx(0)}{dt}=0}を満たす。({t=0}のときから地球表面へ自由落下する)

こんなところだろう。以降は簡単のため、{\omega=\sqrt{\frac{g}{R}}}とおき、微分{x'(t),x''(t),...}のようにかく。

ここで、{x(t)}微分方程式{x''(t)+\omega^2 x(t)=0}となる。

ここで力学的エネルギーの保存量を出して連立微分方程式を解く方法もあるが、あえて特性方程式を使った解き方をしてみよう。

この微分方程式特性方程式{c^2+\omega^2=0}であるため、{c=\pm i\omega}である。

つまりこれの一般解は任意の定数{C_1,C_2\in \mathbb{C}}を用いることで、

$$x(t)=C_1e^{i\omega t}+C_2e^{-i\omega t}$$

となる。これをオイラーの公式{e^{i\theta}=\cos{\theta}+i\sin{\theta}}などを使って変形すると、

$$x(t)=(C_1+C_2)\cos{(\omega t)}+i(C_1-C_2)\sin{(\omega t)}$$

となる。

{x(t)}はもちろん実数でなくてはいけないので({C_1,C_2}が実数とは限らないことに注意!){C_1+C_2=A,i(C_1-C_2)=B}とでもすると、({A,B}は実数)このとき

$$C_1=\frac{A-iB}{2},C_2=\frac{A+iB}{2}$$

とすれば、

$$x(t)=A\cos{(\omega t)}+B\sin{(\omega t)}$$

となる。あとは制約条件から{A,B}を具体的に求めてみる。

{x(0)=A,x'(0)=B\omega}であることから、{A=R,B=0}となる。

よって、結局特殊解として、

$$x(t)=R\cos{\left(\sqrt{\frac{g}{R}}t \right)}$$

という公式が出てくるのである。これこそ番組の例の問題で出てきた制約条件に出てくる公式である。

あとがき

というように、テレビ画面に数秒しか映っていなかった条件にぱっと出てきた公式も、長い道のりをたどってきた結果ようやく求めることができるものである。公式というものは天から降ってきたものではなく、*7人間が頑張って計算した結果導くことができるものだ。たまには「意味不明な問題が解けるわけがない」と思考停止するのをやめて、問題自体の考察をするのも面白いだろう。もしかしたらそこに高度な物理力を有する者の努力が垣間見えるのかもしれない。

関連記事(2020年3月追記)

頭脳王2020についても記事を作成したので良かったら見てください

記事概要:「東京スタジアムから凱旋門までボールを投げる問題について、地球の丸みを考慮したらどうなるか考察してみた」

shakayami-math.hatenablog.com

 

*1:測定したところΔtは4秒くらいだった。またεについては河野玄斗とかいう天才の基準にとって簡単だということくらいであった。実際(この記事で導出する)単振動の式が条件に書いてあったし、特定のsinの値が明記してあったのでやることは実質算数の計算だけだった。一回簡単な微分をするだけだが算数の計算の重さに比べたら微々たるものである。この記事を見た人で頭脳王に出るという場合、物理は高校レベルの知識しか要求されないので、筆算の高速化訓練をしたり、ルートを開平法を使うことで計算する訓練をするといいだろう。(筆者は頭脳王に出たことがないので適当なことを言っているだけかもしれないが)

*2:頭脳王自体が番組に問題の解説が少ないという気がします。これを見た人々が問題の解説を自主的にネットに垂れ流すような流れになるのも面白いでしょう。

*3:駿台予備校の物理の参考書「新物理入門」にもこの記事と同様なことが書いてあったのでもしかしたら高校生でも1,2が理解できる人はいるかもしれない

*4:地球が物体から受ける万有引力が無視できるくらい小さいものとする

*5:ベクトルの形式なので高校物理的な視点だと異なるように見える。このベクトルの絶対値を見ればきちんと距離の二乗に反比例している万有引力の式になる。これは元の式に加えて、万有引力は内側の向きに伝わるということを考慮して、距離の逆二乗の式に内側向きの単位ベクトルを掛けたものと考えればよいだろう。

*6:ちなみにz座標の位置を地球外部に置くと見慣れた万有引力の式になる。また、球殻自体の質量は{4\pi\rho r_0^2 \Delta r}であるため、球殻の内側では各方向からの重力は相殺されるが、外側だと球殻の質量分の質点が点{(0,0,0)}にある場合の万有引力と等しくなる。

*7:ところでラマヌジャンという数学者は天から公式が降ってきたみたいですがその話はとりあえず一旦おいておこう。