オイラーの公式

概要

オイラーの公式といえば

$$e^{ix}=\cos{x}+i\sin{x}$$

という形が有名だが、これがどういうことについて解説する。

最初に

これが何をやっているかというと、指数関数を複素数上でも使えるように拡張するとどうなるかについて考えた結果できたものである。

別に拡張なんて好き勝手やればいいのである。例えば{e^{x+iy}=e^{x+y}}とか{e^{x+iy}=e^x+e^y-1}みたいな形を勝手に持ってきて指数関数です!って言っても($y=0$の場合に左辺=右辺=$e^x$となっているので)一応は拡張と言うことができる。

しかし新しい定義をするということは、何かしらのメリットがそこにないといけない。

好き勝手定義して「ぼくのかんがえたさいきょうの指数関数」を量産したとしても、使い物にならないので相手にされるようなことはないだろう。 

オイラーの公式、つまり指数関数の拡張が

$$e^{x+iy}=e^x\cos{y}+i e^{x}\sin{y}$$

という形をしているのは、このように定義することで多くの恩恵を受けるからである。

新しい指数関数を作る際に欲しい性質を要求したら、結局条件を満たすものは上記の1つしか無いことが分かるのである。

性質1(正則性)

正則性とは、複素微分が可能ということである。微分するということは

$$\lim_{\Delta z\to 0}\frac{f(z+\Delta z)-f(z)}{\Delta z}$$

の極限を求めるのだが、{\Delta z}の0への近づけ方をどのようにしても極限値が等しくなければいけない。結局の所

$$\lim_{\Delta y\to 0}\frac{f(x+iy+i\Delta y)-f(x+iy)}{i\Delta y}=\lim_{\Delta x\to 0}\frac{f(x+iy+\Delta x)-f(x+iy)}{\Delta x}$$

を満たしている必要がある。実部に沿って0に近づけたときの結果と虚部に沿って0に近づけた結果が同じにならなければいけない。

身近な例として{f(x+iy)=x-iy}という複素共役を取る関数は正則ではない

 

さて、新しく指数関数を定義するときには正則性を満たして欲しいものである。

実は正則性を仮定したら条件を満たすものは1つしか無くなるのだ。これを見ていこう

 

正則であるための必要条件として、コーシーリーマンの関係式がある。

$$f(x+iy)=u(x,y)+iv(x,y)$$

という関数と見たとき、{f}が正則であるためには

$$\frac{\partial u}{\partial x}=\frac{\partial v}{\partial y},\frac{\partial u}{\partial y}=-\frac{\partial v}{\partial x}$$

を満たしている必要がある。

ここで、$u(x,y)=e^x\cos{y},v(x,y)=e^{x}\sin{y}$

を代入してみると

$$\frac{\partial u}{\partial x}=e^x\cos{y}$$

$$\frac{\partial v}{\partial y}=e^x\cos{y}$$

より{\frac{\partial u}{\partial x}=\frac{\partial v}{\partial y}}となり、

$$\frac{\partial u}{\partial y}=-e^x\sin{y}$$

$$\frac{\partial v}{\partial x}=e^x\sin{y}$$

より{\frac{\partial u}{\partial y}=-\frac{\partial v}{\partial x}}となる。

よってコーシーリーマンの関係式が成り立っている。

また、$u(x,y),v(x,y)$は全微分可能であるから、$f=u+i v$は正則であることが分かる。

*1

逆に正則性を満たすものはこの1つしかない。これは一致の定理より導かれる。

 

【一致の定理】

$D$上で定義された正則関数$f,g$について、{z_n\to z^*\in D(n\to \infty)}となる$D$上の点列{z_n\in D}があって、{f(z_n)=g(z_n)(n=1,2,...)}という等式が成り立つならば、{f(z)=g(z)(z\in D)}となる。

 

ここでは、{D=\mathbb{C}}であり、{z_n=1/n}とすればよいだろう。

もし{f,g}が正則性を満たす指数関数の拡張であるならば(つまり実数上ではもともとの指数関数と同じ振る舞いをする)、

$$f(z_n)=g(z_n)=e^{1/n}$$

となるため、一致の定理を適用させることで

$$f(z)=g(z)(z\in \mathbb{C})$$

となることがわかる。つまり正則性を仮定するならば、$e^{x+iy}=e^x\cos{y}+i e^x\sin{y}$という定義以外はダメなのである。

性質2(Taylor展開)

実数上での指数関数は

$$e^{x}=\sum_{n=0}^{\infty}\frac{x^n}{n!}$$

とTaylor展開することができるが、複素数上に拡張するならば

$$e^{x+iy}=\sum_{n=0}^{\infty}\frac{{(x+iy)}^n}{n!}$$

となるように新しく「定義」するのが最も自然であろう。

 このように定義したとき、指数法則が満たされていることが分かる。つまり$$e^{z+w}=e^ze^w$$

が成り立っている。

 

$$|\sum_{n=0}^{2N}\frac{(z+w)^n}{n!}-\sum_{p=0}^{N}\frac{z^p}{p!}\sum_{q=0}^{N}\frac{w^q}{q!}|$$

$$=|\sum_{n=0}^{2N}\sum_{k=0}^{n}\frac{z^kw^{n-k}{}_nC_k}{n!}-\sum_{p=0}^{N}\frac{z^p}{p!}\sum_{q=0}^{N}\frac{w^q}{q!}|$$

$$=|\sum_{n=0}^{2N}\sum_{k=0}^{n}\frac{z^kw^{n-k}}{k!(n-k)!}-\sum_{p=0}^{N}\frac{z^p}{p!}\sum_{q=0}^{N}\frac{w^q}{q!}|$$

$$\leq \sum_{p=0}^{N}|\frac{z^p}{p!}|\sum_{q=N+1}^{2N}|\frac{w^q}{q!}|+\sum_{p=N+1}^{2N}|\frac{z^p}{p!}|\sum_{q=0}^{N}|\frac{w^q}{q!}|$$

$$\lt e^{|z|}\varepsilon+e^{|w|}\varepsilon$$

となるためである。(詳細:コーシー積)

 

つまり、$e^{x+iy}=e^{x}e^{iy}$となるため、とりあえず$e^{iy}$だけ考えればよいことになる。

 

$\mathrm{Re},\mathrm{Im}$をそれぞれ実部、虚部を取る関数と定めてみる。この関数は{\mathbb{R}^2}上で定義された関数として連続関数である。

ここで

$$e^{iy}=\sum_{n=0}^{\infty}\frac{(iy)^n}{n!}=\lim_{N\to\infty}\sum_{n=0}^{N}\frac{(iy)^n}{n!}$$

である。

$$\mathrm{Re}(e^{iy})=\mathrm{Re}\left(\lim_{N\to\infty}\sum_{n=0}^{N}\frac{(iy)^n}{n!}\right)$$

であるが、$\mathrm{Re}$が連続関数であることよりこれは

 $$\mathrm{Re}\left(\lim_{N\to\infty}\sum_{n=0}^{N}\frac{(iy)^n}{n!}\right)=\lim_{N\to\infty}\mathrm{Re}\left(\sum_{n=0}^{N}\frac{(iy)^n}{n!}\right)$$

となる。また、$\mathrm{Re}$は線形な関数でもあるので

$$=\lim_{N\to\infty}\sum_{n=0}^{N}\mathrm{Re}\left(\frac{(iy)^n}{n!}\right)$$

となる。これは

$$=\sum_{n=0}^{\infty}\mathrm{Re}\left(\frac{(iy)^n}{n!}\right)=1-\frac{y^2}{2}+\frac{y^4}{24}+\cdots$$

となるため、$\cos{y}$と等しいことが分かる。

虚部についても同様の議論で進めると$y-\frac{y^3}{6}+\frac{y^5}{120}+\cdots$となるため$\sin{y}$が出てくる。

よって結局$e^{iy}=\cos{y}+i\sin{y}$であることがわかる。

 

まとめ

まず、オイラーの公式というものは「指数関数の複素数への拡張」である。

ただ、単に拡張するだけではダメで、何か良い性質を満たしてほしい。

その性質は例えば「複素関数として正則」や「形式的なTaylor展開で表される」といったものである。

そのような性質を追加したら結局「$e^{x+iy}=e^x\cos{y}+i e^x\sin{y}$」という拡張が「最も良い性質を持った拡張」となる。

「最も良い性質を持った拡張」をとりあえず指数関数の正統派の拡張として定義すれば何かと便利なことが多いため、オイラーの公式として定めているのである。

これは個人的な考えだが、そのような意味で言えば、オイラーの公式は【発見されたもの】と言うよりは【発明されたもの】と表現するべきなのかもしれない。

追記

歴史的過程でこのような厳密な議論によってオイラーの公式が「発明」されていったかと考えるとそのようなことは無いように思える。最先端では曖昧な議論があって、厳密性というのは後付けで成り立っていくものである。

この記事はそのような歴史的過程は考えずに「厳密な論理体系でオイラーの公式を示してみた場合の記述」について考察したものといえる。

*1:$u(x+\Delta x,y+\Delta y)-u(x,y)= \cos{y}\Delta x+o(|\Delta x|+|\Delta y|)$,$u(x+\Delta x,y+\Delta y)-u(x,y)=\sin{y}\Delta x+e^{x}\Delta y+o(|\Delta x|+|\Delta y|)$より全微分可能である。