1+2+3+4+...=-1/12?

はじめに

このような式を見たことがあるだろうか?

$$1+2+3+4+\cdots=-\frac{1}{12}$$

これを見たとき、普通ならば頭がおかしいのではないか?といった感想を抱くはずである。それもそのはず、だってこの式は間違っているのだから。おかしいと思うのはとても普通のことである。

ただ、シンプルに間違っているだけだったらここまで話題になることはないので、そもそもこの式とは何なのかについて解説していこうと思う。

ゼータ関数

今回の主役はこのような関数である。

$$\zeta (s)=\sum_{n=1}^{\infty}\frac{1}{n^s}$$

これをゼータ関数という。

つまり$\zeta(-1)=-\frac{1}{12}$だな!と言いたいところだがまだ早い。関数には定義域というものがある。

ゼータ関数を右辺のような形で定義する場合、前提として右辺の級数が収束している必要がある。すると、とりあえず$\mathrm {Re}(s)\gt 1$の範囲では収束するため、この範囲をゼータ関数の定義域としたくなる。

一方、$\mathrm{Re}(s)\lt 1$の場合はこの級数は収束しないため上記の形では定義することができない。つまり$\zeta(-1)$というのは、定義域外の値を代入しているため、やってはいけない操作をしているのである。

ではなんで$\zeta(-1)$なんてものがあるのかというと、答えは単純で定義域を拡張しているからである。それが解析接続である。

解析接続

定義域を拡張すると言っても、フリーハンドでグラフを書くような拡張はしてはいけないのである。関数の定義域を拡張する際で重要なことは、「何かしらの重要な性質を引き継いでいること」である。ゼータ関数における重要な性質というのは正則性である。

正則とは何か

正則というのは、複素数の範囲で微分可能であるということである。つまり、

$$\lim_{\Delta z\to 0}\frac{f(z+\Delta z)-f(z)}{\Delta z}$$

 が存在するということである。一見すると普通の微分と大差ないように見えるが大きく違う点がある。それは$\Delta z$を$0$に近づける方法に依存しないということである。

つまり、$\Delta z=\Delta x+i\Delta y$とした場合、$\Delta x=c\Delta y(c\in\mathbb{R})$という近づけ方に対する極限は、$c$をどのようなものにしても一定である。それだけではなく、$\Delta x^2=\Delta y$や$\Delta x^3=\Delta y$といった近づけ方でも極限値は変わらないのである。

具体例を挙げる。$f(z)=\bar{z}$といった共役複素数を取るような関数について考えてみる。このとき、

$$\lim_{(\Delta x,\Delta y)\to (0,0)}\frac{f(x+\Delta x+iy+i\Delta y)-f(x+iy)}{\Delta x+i\Delta y}$$

$$=\lim_{(\Delta x,\Delta y)\to (0,0)}\frac{x+\Delta x-iy-i\Delta y-x+iy}{\Delta x+i\Delta y}$$

$$=\lim_{(\Delta x,\Delta y)\to (0,0)}\frac{\Delta x-i\Delta y}{\Delta x+i\Delta y}$$

 これは$(\Delta x,\Delta y)\to(0,0)$の近づけ方に依存してしまっている。例えば$\Delta y=c\Delta x$($c$は実数)とした場合、

$$=\lim_{\Delta x\to 0}\frac{\Delta x-ic\Delta x}{\Delta x+ic\Delta x}=\frac{1-ic}{1+ic}$$

となって、これは明らかに$c$に依存してしまっている。つまり、極限の近づけ方によって最終的な結果が変わってしまうため、この共役複素数を取る関数$f$は正則では無いのである。

一致の定理

ところで、正則という性質はとても強い性質である。リウヴィルの定理や一致の定理といった強い性質を持つ定理がたくさんあるのだが、ここで登場するのが一致の定理である。

これの主張の一部を述べると以下のようになる。(注:話を簡単にするために実際よりも弱い主張について言及している。実際はもっと強い主張をしている。)*1

$U\subset V$という空でない開集合があるとする。ここで、$f(z),g(z)$という、$V$上で定義された正則関数があるとする。このとき、$U$上で常に$f(z)=g(z)(z\in U)$ならば、$V$上でも常に$f(z)=g(z)$が成り立つ。

簡単に言うと、$U$で定義された関数を$V$に(正則性を保ったまま)拡張する方法は一通りしか無いということである。

ゼータ関数の解析接続

今までは$\zeta(s)$は複素平面上の$\mathrm{Re} s \gt 1$の部分だけで定義されていた。

そしてこの関数はこの範囲内で正則であることがわかっている。

実はある$\zeta'(s)$という正則関数の存在が知られている。この関数は、$\mathrm{Re}s\gt 1$の部分で$\zeta(s)$と一致しているのである。

すると、前述の一致の定理より、この関数を「正則性を保ったまま拡張する」ような方法は一通りしか無いのである。よって$\zeta(s)$の定義域を拡張すると$\zeta'(s)$であるというように定めよう!という発想に至るわけである。拡張の結果が一意であることは一致の定理により保証されている。

実は$\zeta'(-1)=-\frac{1}{12}$である。ここで、拡張前の$\zeta$と拡張後の$\zeta'$は同一視されているため、$\zeta(-1)=-\frac{1}{12}$といった表現をしているのである。

式の正誤について

つまり、$\zeta(-1)$という文脈で登場したとき、これは「解析接続によって定義域が拡張されたゼータ関数」であるため、元のゼータ関数とは別物なのである。

解析接続されたゼータ関数は$\zeta(s)=\sum_{n=1}^{\infty}\frac{1}{n^s}$みたいな定義をしていないため、これに$s=-1$を無理やり代入して等式でつなぐというのはとても強引なことをしているのである。

 この式は、人々の興味を惹くためにやや不正確な表現をしているというところだろう。

余談

解析接続されたゼータ関数の定義域は、複素平面全体から$s=1$という一点を除いた領域である。

 

解析接続されたゼータ関数$\zeta(s)$において、「$\zeta(s)=0$となるような複素数$s$は(負の偶数を除けば)すべて実部が1/2になる」というのはリーマン予想の主張そのものである。

*1:実際はどのように強い主張なのかと言うと、部分の開集合で一致している必要はなく、集積点で一致していればよい。集積点について説明するのがだるかったので開集合ということにした。とりあえず記事の内容には影響しないはず