頭脳王2020の物理
注意
この記事では真面目に問題を解きません
概要
先日放送された頭脳王という番組で「日本からフランスへボールを投げるために必要な初速は幾らか?」という問題が出題された。しかし問題の仮定では地球が平面という仮定をしていて、(流石に東京ーパリ間は直線とはみなせないだろ)と思ったため、地球の丸みを考慮した場合の答えを算出することにしてみた。
問題の仮定
・東京パリ間の距離は9800kmとする
・東京とパリ間は平面にあるとし(←は?)重力加速度は9.8m/s^2
・空気抵抗・ボールの耐久性は無視
・仰角45°
・(単位はkm/h、四捨五入して整数)
なので、以降は仰角45度で投げる場合だけ考える。
計算過程その1:軌道の決定
ケプラーの第一法則より投げたボールは楕円軌道をするので、まずはどのような楕円軌道をするのかを決定したい。ここは物理要素はなく完全に数学である。
まずは二次元平面上の単位円で考えてみる。
投げる方向としては距離が最も短くなる方向である。地球を半周以上はしないようになっている。
地球を単位円とみなして、東京の位置を,パリの位置をとしてみる。ここでとしている。
仰角は45°であるため、目的の楕円軌道の点A上の接線の方程式は
$$y=\tan{\left(\phi-\frac{\pi}{4}\right)}(x-\cos{\phi})+\sin{\phi}$$
となる。
また、楕円の離心率を、軌道長半径をとしたとき、楕円軌道は極方程式
$$r=\frac{(1-e^2)a}{1-e\cos{\theta}}$$
で与えられるという公式がある。ただしである。このとき、のときにであることから、
$$a=\frac{1-e\cos{\phi}}{1-e^2}$$
となるため、
$$r=\frac{1-e\cos{\phi}}{1-e\cos{\theta}}$$
である。計算のためにこれをに関する方程式に変換する。に注意すると*1
丁寧に説明するために変換の様子を垂れ流す。不要な人は適当に読み飛ばそう
---------------------------------------------------
$$r=\frac{1-e\cos{\phi}}{1-e\cos{\theta}}$$
$$r(1-e\cos{\theta})=1-e\cos{\phi}$$
$$r-er\cos{\theta}=1-e\cos{\phi}$$
$$r=ex+(1-e\cos{\phi})$$
$$x^2+y^2=(ex+(1-e\cos{\phi}))^2$$
$$x^2+y^2=e^2x^2+(1-e\cos{\phi})^2+2ex(1-e\cos{\phi})$$
$$(1-e^2)x^2-2ex(1-e\cos{\phi})+y^2=(1-e\cos{\phi})^2$$
$$(1-e^2)x^2-(1-e^2)\times 2\frac{e}{1-e^2}x(1-e\cos{\phi})+(1-e^2)\left(\frac{e}{1-e^2}(1-e\cos{\phi})\right)^2+y^2$$
$$=(1-e\cos{\phi})^2+(1-e^2)\left(\frac{e}{1-e^2}(1-e\cos{\phi})\right)^2$$
$$(1-e^2)\left(x-\frac{e}{1-e^2}(1-e\cos{\phi})\right)^2+y^2=(1-e\cos{\phi})^2+\frac{e^2}{1-e^2}\left(1-e\cos{\phi}\right)^2$$
$$(1-e^2)\left(x-\frac{e}{1-e^2}(1-e\cos{\phi})\right)^2+y^2=\frac{(1-e\cos{\phi})^2}{1-e^2}$$
---------------------------------------------------
結局楕円の方程式は
$$(1-e^2)\left(x-\frac{e}{1-e^2}(1-e\cos{\phi})\right)^2+y^2=\frac{(1-e\cos{\phi})^2}{1-e^2}$$
となる。これの点Aでの接線の方程式を求めると
$$(1-e^2)\left(x-\frac{e}{1-e^2}(1-e\cos{\phi})\right)\left(\cos{\phi}-\frac{e}{1-e^2}(1-e\cos{\phi})\right)+y\sin{\phi}=\frac{(1-e\cos{\phi})^2}{1-e^2}$$
である。これが先程の接線と一致している必要があるが、両方点Aを通っているため並行(⇔法線ベクトルの向きが同じ)であることを確認すればOKである。
よって
$$(1-e^2)\left(\cos{\phi}-\frac{e}{1-e^2}(1-e\cos{\phi})\right):\sin{\phi}=\tan{(\phi-\pi/4)}:-1$$
これも計算してみる(適当に読み飛ばそう)
---------------------------------------------------
$$(1-e^2)\left(\cos{\phi}-\frac{e}{1-e^2}(1-e\cos{\phi})\right):\sin{\phi}=\tan{(\phi-\pi/4)}:-1$$
$$(1-e^2)\left(\cos{\phi}-\frac{e}{1-e^2}(1-e\cos{\phi})\right)=-\sin{\phi}\tan{(\phi-\pi/4)}$$
$$(1-e^2)\cos{\phi}-e(1-e\cos{\phi})=\sin{\phi}\tan{(\pi/4-\phi)}$$
$$\cos{\phi}-e^2\cos{\phi}-e+e^2\cos{\phi}=\sin{\phi}\tan{(\pi/4-\phi)}$$
$$\cos{\phi}-e=\sin{\phi}\tan{(\pi/4-\phi)}$$
$$e=\cos{\phi}-\sin{\phi}\tan{(\pi/4-\phi)}$$
$$e=\cos{\phi}-\sin{\phi}\frac{\tan{(\pi/4)}-\tan{(\phi})}{1+\tan{(\pi/4)}\tan{(\phi)}}$$
$$e=\cos{\phi}-\sin{\phi}\frac{1-\tan{(\phi)}}{1+\tan{(\phi)}}$$
$$e=\frac{\cos{(\phi)}(1+\tan{(\phi)})-\sin{(\phi)}(1-\tan{(\phi)})}{1+\tan{(\phi)}}$$
$$e=\frac{\cos{(\phi)}+\sin{(\phi)}-\sin{(\phi)}+\sin{(\phi)}\tan{(\phi)}}{1+\tan{(\phi)}}$$
$$e=\frac{\cos{(\phi)}+\sin{(\phi)}\tan{(\phi)}}{1+\tan{(\phi)}}$$
$$e=\frac{\cos^2{(\phi)}+\sin^2{(\phi)}}{\cos{(\phi)}+\sin{(\phi)}}$$
$$e=\frac{1}{\cos{(\phi)}+\sin{(\phi)}}$$
---------------------------------------------------
結局離心率は
$$e=\frac{1}{\cos{(\phi)}+\sin{(\phi)}}$$
となり、軌道の方程式は
$$r=\frac{\sin{\phi}}{\sin{\phi}+\cos{\phi}-\cos{\theta}}$$
となる。
ちなみにこれまでの過程を図にするとこんな感じになる(desmosというサイトを利用した)
紫の円は地球の球面、赤い楕円はボールの軌道、緑の直線はA基準での鉛直な線、赤い直線は仰角45°の向きである。
余談(仰角が45°じゃない場合)
計算過程は省く
仰角がのとき(ただし)の場合
$$e=\frac{\sin{\varphi}}{\sin{(\varphi+\phi)}}$$
となる。
計算過程2:速度の計算
以降から地球の半径をとして計算する。値は変わるが上の図と相似になると思えばよい。その他の文字は以下の通り
- :万有引力定数
- :地球の質量
- :ボールの質量
- :重力加速度()
ただしはに比べて十分に小さいものとする。
まずは遠地点(ボールの軌道の中で地球の中心から最も遠くなる点)と地球の中心との距離を求める。これについては
先ほど求めた式にを代入して倍すれば良いので
$$R'=\frac{\sin{\phi}}{\sin{\phi}+\cos{\phi}-1}R$$
となる。
ここで、を打ち上げ時点での初速として、を物体が遠地点にあるときの速さとする。これから2つの条件式を作ることでこれらの値を導出する。
(1)ケプラーの第2法則
位置を、速さを、位置ベクトル(地球の中心を基準)と速度ベクトルのなす角をとすると
$$\frac{1}{2}rv\sin{\theta}$$
が常に一定となるというものである。よって
「点Aでの面積速度」=「遠地点での面積速度」より
$$\frac{1}{2}RV\sin{\frac{\pi}{4}}=\frac{1}{2}R'v\sin{\frac{\pi}{2}}$$
*2よって
$$RV=\sqrt{2}R'v$$
となる。
(2)力学的エネルギー保存法則
運動エネルギー+位置エネルギーの和が一定になるというものである。
運動エネルギーは
となる。(注:ここで位置エネルギーは無限遠点を基準としている。)*3
よって「点Aでの力学的エネルギー」=「遠地点での力学的エネルギー」より
$$\frac{1}{2}mV^2-\frac{GMm}{R}=\frac{1}{2}mv^2-\frac{GMm}{R'}$$
となる。
(1)(2)の条件式からを求める。未知数2つに条件式2つなので求められるはずである。
(1)の式をについて解く。
$$v=\frac{RV}{\sqrt{2}R'}$$
これを(2)の式に代入してを消去する。
$$\frac{1}{2}mv^2=\frac{1}{2}m\frac{R^2V^2}{2R'^2}$$
であるため、
$$\frac{1}{2}mV^2-\frac{GMm}{R}=\frac{1}{2}m\frac{R^2V^2}{2R'^2}-\frac{GMm}{R'}$$
$$\frac{1}{2}mV^2-\frac{1}{2}m\frac{R^2V^2}{2R'^2}=\frac{GMm}{R}-\frac{GMm}{R'}$$
$$\frac{1}{2}mV^2\left(1-\frac{R^2}{2R'^2}\right)=\frac{GMm}{RR'}(R'-R)$$
$$V^2\left(1-\frac{R^2}{2R'^2}\right)=\frac{2GM}{RR'}(R'-R)$$
$$V^2=\frac{2GM}{RR'}(R'-R)\frac{1}{1-\frac{R^2}{2R'^2}}$$
$$V^2=\frac{2GM}{R}\frac{1-\frac{R}{R'}}{1-\frac{R^2}{2R'^2}}$$
これに
$$\frac{R}{R'}=\frac{\sin{\phi}+\cos{\phi}-1}{\sin{\phi}}$$
を代入すると、
$$V^2=\frac{2GM}{R}\frac{\sin{\phi}}{\sin{\phi}+\cos{\phi}}$$
よってとすると
$$V=\sqrt{2Rg\frac{\sin{\phi}}{\sin{\phi}+\cos{\phi}}}$$
である。
地球平面説の場合との比較
地点Aと地点Bとの距離はである。仰角で投げたとき垂直成分の速度はなので投げてからで地上に落ちてくる。それまでに進む距離が着地地点の距離なので
$$\frac{V^2\sin{(2\varphi)}}{g}$$
が着地地点の距離である。仰角は45°なのでを代入すると
$$\frac{V^2}{g}$$
よって地点Aから地点Bへ着地するためには
$$2\phi R=\frac{V^2}{g}$$
$$V^2=2Rg\phi$$
よって
$$V=\sqrt{2Rg\phi}$$
である。
つまり、地球が平面と仮定した場合の答えは
$$V=\sqrt{2Rg\phi}$$
であり、地球の丸みを考えた場合の答えは
$$V=\sqrt{2Rg\frac{\sin{\phi}}{\sin{\phi}+\cos{\phi}}}$$
である。
ここで
$$\frac{\sin{\phi}}{\sin{\phi}+\cos{\phi}}=\phi-\phi^2+O(\phi^3)$$
となるため、が十分小さく、が無視できるくらいであるとき、テイラー展開の1次までの部分で近似できるため、地球を平面とみなした場合の結果と近似することができる。
ところで東京からフランスまでの距離は仮定では9800kmあって、地球1周を40000kmと仮定すると地球の丸みとしての角度は49π/100[rad]となる。
よってこのときがパリに相当する。
角度あたりに必要な初速度のグラフを書くと以下のようになる。
ここで、
青線:地球の丸みを考慮しない場合
赤線:地球の丸みを考慮した場合
である。
地球の丸みを考慮したほうが実際の速度が遅くなることが分かる。
注:角度がπ/2と等しい(つまり目的地が地球上の対蹠点となる場合)は必要な速度は第2宇宙速度と等しくなり、さらに軌道は楕円ではなく放物線となるため(離心率は1と等しくなる)、反対側までたどり着くことはできなくなる。
地球が(回転楕円体ではなく)球であることは暗黙のうちに仮定していて、一周を40000kmとしているので、
地球の半径は
$$R=\frac{40000}{2\pi}[\mathrm{km}]\approx 6366197[\mathrm{m}]$$
である。
このとき、地球を平面とした場合の答えは
$$\sqrt{2\times \frac{40000000}{2\pi}\times 9.8\times \frac{49}{200}\pi}=9800[\mathrm{m/s}]$$
となるため、時速に直すと(3.6を掛ければ良い)
$$35280[\mathrm{km/h}]$$
となる。*4
一方で、地球の丸みを考慮した場合の答えは
$$\sqrt{2\times \frac{40000000}{2\pi}\times 9.8\times \frac{\sin{\frac{49}{200}\pi}}{\sin{\frac{49}{200}\pi}+\cos{\frac{49}{200}\pi}}}\approx 7836.37[\mathrm{m/s}]$$
であるため、これまた時速に直すと(小数点第一位以下を四捨五入して整数値にする)
$$28211[\mathrm{km/h}]$$
という答えになる。
地球平面説の場合の答えは地球が球体の場合の答えとだいぶ差があることが分かる。
つまり東京ーフランス間だと距離がありすぎて地球の丸みを無視できるレベルにはないのである。
あとがき
今回は地球平面説という仮定に無理があることを説明した。
今回の結果をもとに実験したときにボールが実際にフランスに到着するかというと、残念ながらそのようなことはない。
理由は地球が自転していることでコリオリ力の影響を受けてしまうから。
実際にニュースなどで弾道ミサイルの軌道を見ればわかるように実際のミサイルの軌道は変な歪みをしている。多分実際にミサイルを打つ人はそのそうなことも考慮しているのだろう。
ともあれ物理は現実をどれだけ解像度よく近似できるかというやつらしいので、今回は「地球平面→地球球体」と解像度を上げたが、実際には地球の自転の他にも加速のための装置など考えることがいっぱいである。地球の丸みの考慮くらいなら現実的に解けそうなので問題の仮定に追加するのは不可能ではないと思っている。これ以上は研究レベルになりそう(適当)
最適な投射角(2021年2月19日追記)
平面の場合は45°で投げるのが最適だが、球体の場合では必ずしもそうではなくなる。
計算過程は省くが、一般的に仰角で投げるとき、必要な速度は
$$\sqrt{2Rg\frac{\sin{\phi}}{2\sin{(\phi+\varphi)}\cos{\varphi}}}$$
となる。
これをについて微分して増減を考えると、
$$\varphi=\frac{\pi-2\phi}{4}$$
のときに最小となることがわかる。このときの最小値は
$$\sqrt{2Rg\frac{\sin{\phi}}{\sin{\phi}+1}}$$
となっている。グラフを書くと以下のようになる。
余談だが、縦軸の1は脱出速度(第二宇宙速度)に対応する。
また、これを東京パリ間のに当てはめると
$$7155.56[\mathrm{m/s}]$$
であるため、時速に直すと
$$25760[\mathrm{km/h}]$$
となる。
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