ベクトル空間のまとめ

はじめに

ベクトル空間とは、線形性を一般化したものと考えていいだろう。大学の学部で習う線形代数は何も知らないで最初だけ見た場合、行列の計算について論じているように感じてしまうが、ベクトル空間(=線形空間)抜きで線形代数は語れないと個人的には考えている。そもそも「行列代数」ではなく「線形代数」という名前になっていることがベクトル空間の重要性を物語っている。*1この記事ではベクトル空間そのもの定義から次元の定義までの基本的事項をざっくりまとめていこうと思う。よって基本的な証明を省略することもあることに注意してほしい。

ベクトル空間の定義

{V}がベクトル空間であるとは、{V}について和とスカラー倍の演算{*:V\times \mathbb{R}\to V}{+:V\times V \to V}が定義されていて、以下の性質を満たしていることである。

  1. {\forall a,b,c\in V, (a+b)+c=a+(b+c)}
  2. {\exists 0 \in V, \forall a \in V, a+0=0+a=a}
  3. {\forall a \in V \exists -a \in V, (-a)+a=a+(-a)=0}
  4. {\forall a,b \in V,a+b=b+a}
  5. {\forall x,y \in \mathbb{R},\forall a \in V, x*(y*V)=(x*y)*V}
  6. {\forall x,y \in \mathbb{R},\forall a \in V, (x+y)*a=x*a+y*a}
  7. {\forall x \in \mathbb{R},\forall a,b \in V, x*(a+b)=x*a+x*b}
  8. {\forall a \in V, 1*a=a}

また、1~4はベクトル空間の和だけに言及しているものであるが、これらの性質を総合して考えると、{V}は和の演算に対して可換群をなしていると考えることができる。

ベクトル空間の具体例

ベクトル空間の具体例として主に考えられているのは以下の4つである。

  • {\mathbb{R}^n}: {x=(x_1,\ldots,x_n),y=(y_1,\ldots,y_n)\in \mathbb{R}^n,a\in \mathbb{R}}に対して、{x+y=(x_1+y_1,\ldots,x_n+y_n),ax=(ax_1,\ldots,ax_n)}と定義すると、これはベクトル空間となる。また、{\mathbb{R}^n}のベクトル空間が出てきた場合、特に言及がない場合はこのように演算が定義されていると思ってよい。
  • 実数係数のn次多項式: 和とスカラー倍は普通に関数としての演算を考える。和の単位元となる原点0は、関数として恒等的に0である場合となっている。
  • n×mの行列全体の集合: 和は成分ごとに足す。スカラー倍も成分ごとに倍するとベクトル空間となる。原点は零行列となる。
  • 区間{[a,b]}上で定義された実数値関数全体の集合: 本質的には多項式の場合とおなじで、和とスカラー倍は関数としての演算で定義されている。ただしこの場合{\sin{x}}のように多項式で表すことができないものもベクトル空間の成分となっている。

部分空間

{V}をベクトル空間とする。{W\subset V}が部分空間であるとは、{W}が、{V}と同じ演算においてベクトル空間をなしているということである。

部分空間であることを論ずるためには、{W}が演算で閉じていることを示すことが必要十分である。なぜならば結合法則などは{V}の部分集合であることから従うので考える必要がないからである。逆に演算で閉じてない場合{x,y\in W}なのに{x+y\notin W}のような事態が発生した場合ベクトル空間でなくなってしまう。

部分空間の具体例も適当に挙げておこう。

  • {\mathbb{R}^3}における、{\{(x,y,z)\in \mathbb{R}^3|x+y+z=0\}}
  • {P_2=\{a_0+a_1x+a_2x^2|a_0,a_1,a_2\in\mathbb{R}\}}における{\{f\in P_4| f'(1)=0\}}
  • {\mathbb{R}^3}における、{\{(t,2t,3t)|t\in \mathbb{R}\}}
  • {\mathbb{R}^4}における、{\{(0,0,0,0)\}}

また、部分空間には必ず原点が含まれているということも注意点である。

線形写像と核と像

{V,W}をベクトル空間として、写像{T:V\to W}{T(ax+by)=aT(x)+bT(y)}が任意の{a,b\in\mathbb{R},x,y\in\mathbb{V}}で成立するとき、{T}を線形写像であるという。ここで{T(0)=0}が成り立っている。{T(0)=T(x-x)=T(x)-T(x)=0}とすれば明らかであろう。ここで線形写像に対して核と像を定義する。

核(=カーネル)は、{\mathrm{Ker}T=\{v\in V| f(v)=0\}\subset V}と定義する。

また、像(=イメージ)は、{\mathrm{Im}T=\{f(v)|v\in V\}\subset W}と定義される。

また、{\mathrm{Ker}T}{V}の部分空間となり、{\mathrm{Im}T}{W}の部分空間となる。

また、{T:V\to W}全単射であるような写像が存在するとき、{V,W}は同型であるといい、{T}を同型写像という。

張る空間

ベクトル空間上のあるベクトル{S=\{v_1,\ldots,v_n\}}について、{S}で張る部分空間{\langle S\rangle}というものを以下のように定義する。

$$\langle S\rangle = \langle v_1,\ldots,v_n \rangle=\{a_1v_1+\cdots+a_nv_n|a_1,\ldots,a_n\in\mathbb{R}\}$$*2

ようは{S}から出発して和で閉じるようになるまで拡張することで作った部分空間と考えることができる。

一次独立

ベクトルの組{\{v_1,\ldots,v_n\}}が一次独立であるとは、{a_1v_1+\cdots+a_nv_n=0}となる{a_1,\ldots,a_n\in\mathbb{R}}の組が{a_1=\cdots=a_n=0}しかないということである。逆に{a_i\neq 0}となるものがあって{a_1v_1+\cdots a_nv_n=0}となる場合、{\{v_1,\ldots,v_n\}}を一次従属であるという。

基底

ベクトル空間{V}の元{v_1,\ldots,v_n}が基底であるとは次の条件を満たすことである。

  1. {v_1,\ldots,v_n}は一次独立である。
  2. {\langle v_1,\ldots,v_n \rangle=V}が成立する。つまり{V}の任意の元は{v_1,\ldots,v_n}の線形結合で表すことができる。

このとき、どのような{v\in V}についても、{a_1v_1+\cdots+a_nv_n=v}となるような{(a_1,\ldots,a_n)}の組がただ一つだけ存在する。(注:存在性→2から従う。一意性→1から従う。)

次元

線形空間{V}について基底のとり方はたくさんあるが、どのように基底をとっても、その数は一致していることがわかっている。つまり、{v_1,\ldots,v_n}{w_1,\ldots,w_m}がともに{V}の基底であるとき、{n=m}となる。

よってこれから線形空間の次元というものを定義できる。{V}について基底{v_1,\ldots,v_n}があるとき、どのように基底を取り直してベクトルの個数はn個となるため、{\mathrm{dim}V=n}となる。

注意すべきポイントや補足するポイントなどを以下にまとめた。

  • 一点集合の次元は0。基底は{\emptyset}(空集合)となる。
  • {\mathbb{R}^n}の次元は{n}である。例えば{(1,0,\ldots,0),(0,1,\ldots,0),\ldots,(0,0,\ldots,1)}というような基底を取ることができる。
  • {n\times m}行列をベクトル空間とみなしたとき、次元は{nm}である。たとえば{1\leq i\leq n,1\leq j\leq m}について、{(i,j)}成分だけ1であとは全部0な行列を考えると、これは基底となる。
  • {n}次以下の多項式の集合からなるベクトル空間の次元は{n+1}である。たとえば{1,x,\ldots,x^n}というような基底を取ることができる。
  • 次元は有限とは限らない。例えば{[a,b]}上に定義された連続関数全体の集合をベクトル空間としたとき、次元は無限になる。実際に、{1,x,x^2,\ldots,x^n,\ldots}が一次独立であるため空間全体を張ることができない。
  • {W}{V}の部分空間である場合、{\mathrm{dim}W \leq \mathrm{dim}V}が成り立つ。特に{\mathrm{dim}W=\mathrm{dim}V}が成り立つとき、{V=W}となる。
  • {f:V\to W}を線形写像としたとき、{\mathrm{dim}V=\mathrm{dim}\mathrm{Ker}f+\mathrm{dim}\mathrm{Im}f}が成り立つ。 (次元定理)

*1:と言いたいところですが、本当に線形空間の重要性から「線形代数」っていう名前になったかは知らないので案外適当に言っています。

*2:本当は{\langle\{v_1,\ldots,v_n\}\rangle}と書くべきであるが、表記を楽にするため{\langle v_1,\ldots,v_n\rangle}と書いてもいいことになっている。