等号は常には成り立たない

概要

 受験数学の問題を解いているときにこの記事のタイトルをそっくりそのまま書いた人は少なくはないだろう。積分や不等式が絡む問題でよくこの言葉の使い回しが出てくる。そこで、この記事では「等号は常には成り立たない」という言葉の裏にどのような論理が働いているかについて考察しようと思う。対象は数学III~大学初年度の微分積分学まで。まあ高校数学と大学数学の橋渡し的なものだと思えばいいだろう。*1

例題

さて、「等号は常には成り立たない」という語句が解答の論述に出てくる問題を一つ挙げてみよう。例えばこのようなものである。(数学IIIレベル)

*2

(1) {0\leq x\leq 1}を満たす実数{x}について、以下の不等式が成り立つことを示せ。

$$e^{-x}\leq e^{-x^2} \leq \frac{1}{1+x^2}$$

(2)以下の不等式を示せ

$$1-\frac{1}{e}\lt \int_{0}^{1}e^{-x^2}dx \lt \frac{\pi}{4}$$

例題の解答

(1)(記事の本筋と外れるためざっくりとしかやらない。申し訳ない)

以下の不等式が任意の実数{x}で成り立つ。

$$e^x\geq 1+x$$

{x}{x^2}に置き換えてから逆数にすると(両辺正から逆数を取る議論ができる)

$$e^{-x^2}\leq \frac{1}{1+x^2}$$

また、{0\leq x\leq 1}{-x\leq -x^2}となるため、({e^x}が単調増加であるから不等号の向きが保存される)

$$e^{-x}\leq e^{-x^2}$$

(2)

(1)で示した不等式

$$e^{-x}\leq e^{-x^2}\leq \frac{1}{1+x^2}$$

について、これを{0\leq x\leq 1}積分しても不等号の向きは保存される。よって、

$$1-\frac{1}{e}=\int_{0}^{1}e^{-x}dx\leq \int_{0}^{1}e^{-x^2}dx\leq \int_{0}^{1}\frac{1}{1+x^2}dx=\frac{\pi}{4}$$

 また、(1)の不等式に対して、等号は常には成り立たないので、

 $$1-\frac{1}{e}\lt \int_{0}^{1}e^{-x^2}dx\lt \frac{\pi}{4}$$

となる。(証明終)

考察と反例

前節の証明において、太字の部分で何が起こったか考えてみよう。

一般化して{I=\left[a,b\right](a\lt b),f:I\to\mathbb{R},g:I\to\mathbb{R}}で考えてみよう。*3

このとき、{f,g}は、{a\leq x\leq b}を満たすすべての実数{x}について、

$$f(x)\leq g(x)$$

を満たしているとする。このとき、

$$\int_{a}^{b}f(x)dx\leq \int_{a}^{b}g(x)dx$$

を満たしている。 *4

 ここまではとりあえず前提としておく。

このとき、「等号は常には成り立たない」ことを仮定する。

つまり、ある{c(a\leq c\leq b)}が存在して、

$$f(c)\lt g(c),$$

であると仮定する。

前節での証明では、この仮定から

$$\int_{a}^{b}f(x)dx\lt \int_{a}^{b}g(x)dx$$

であるということを言っている。

「等号は常には成立しない」ということは明らかに必要な条件である。

なぜならば、「等号は常には成立しない」ではないとき、つまり「常に等号が成立する」とき、

{a\leq x\leq b}で常に{f(x)=g(x)}となる場合、

$$\int_{a}^{b}f(x)dx=\int_{a}^{b}g(x) dx$$

となってしまって、左辺が右辺より真に大きくなることは無いのである。

よって「等号は常には成り立たない」は、議論のための必要条件であるということがわかる。

では十分条件については?

ある{c\in I}について{f(c)\lt g(c)},つまり{f(c)\neq g(c)}となるとき、

$$\int_{a}^{b}f(x)dx\lt \int_{a}^{b}g(x)dx$$

となるのか?という問が発生する。

結論から言おう。残念ながらこれは偽である。高校数学の野望は以下の反例によって崩れ去ってしまう。

$$I=\left[a,b\right],f(x)=0,g(x)=\left\{\begin{array}{cc}1&x=\frac{1}{2}\\0&\mathrm{otherwise}\end{array}\right.$$

と定めると、{f(x)\leq g(x)}{I}上で成立して、かつ{x=\frac{1}{2}}で「等号が成立していない」、つまり「等号は常には成立していない」となる。

しかし、

$$\int_{0}^{1}f(x)dx=\int_{0}^{1}g(x)dx=0$$

となって、右辺が左辺より真に大きくなることはないのである。

一応{g(x)}積分についても証明しておこう。被積分関数は非負なので

$$0\leq \int_{0}^{1}g(x)dx$$

が整理する。ここで、{g_n(x)(n=2,3,4,5,...)}を、

$$g_n(x)=\left\{\begin{array}{cc}1&(\frac{1}{2}-\frac{1}{2n}\leq x\leq\frac{1}{2}+\frac{1}{2n})\\0&\mathrm{otherwise}\end{array}\right.$$

とすると、

$$\int_{0}^{1}g_n(x)dx=\frac{1}{n}$$であり、すべての{n,x}について{g_n(x)\leq g(x)}であるため、

$$0\leq \int_{0}^{1}g(x)\leq \int_{0}^{1}g_n(x)dx=\frac{1}{n}$$

より、任意の自然数{n}についてこれを満たすためには

$$\int_{0}^{1}g(x)dx=0$$

でなくてはいけない。

 

さて、「等号は常には成立していない」はずなのに、「不等号のイコールが取れない」状況が発生してしまった。高校数学はこんなガバガバな議論をしていたのか!!!

対処法1~連続性の仮定~

…と何も考えずに怒ってしまうのはよくない。簡単な対処法がある。

冒頭で出した問題の場合、以下のように文を書き換えればよい。

等号は常には成り立たないので

等号は常には成り立たないことと、不等式上の関数が{0\leq x\leq 1}で連続であるので

 前節での条件の場合、{f,g}に連続性を仮定した場合、命題は真になる。

これを証明しよう。ここからレベルとしては大学初年度の解析学微分積分学)レベルになる。

ここで、便宜上{h(x)=g(x)-f(x)}としよう。このとき、仮定から

  1. すべての{x\in I}について、{h(x)\geq 0}となること
  2. ある{c\in I}について、{h(c)\gt 0}となること

が成立する。そしてこれらの条件のもとで示すべきことは

$$\int_{a}^{b}h(x)dx\gt 0$$

である。

 これを示してみよう。連続な関数が出てくるのならば、ε-δ論法が適用できるはずである。

これを{c\in I}について適用してみよう。

$${}^{\forall} \epsilon >0,{}^{\exists}\delta>0,|x-c|\lt \delta\Rightarrow |h(x)-h(c)|\lt \epsilon$$

εには何を代入してもよい。そのεに対して相手となるδで出てくるためである。

ここで{\epsilon=\frac{h(c)}{2}}とする。

するとεに対して定まる"あるδ"が存在して、{c-\delta\lt x\lt c+\delta}を満たす{x}について、

$$|h(x)-h(c)|\lt \epsilon \Leftrightarrow \frac{h(c)}{2}\lt h(x)\lt \frac{3h(c)}{2}$$

が成立する。

ここで、{h_0(x)}を以下のように定義する。

$$h_0(x)=\left\{\begin{array}{cc}\frac{h(c)}{2}&c-\delta \lt x\lt c+\delta\\0&\mathrm{otherwise}\end{array}\right.$$

このとき、つねに

$$h(x)\geq h_0(x)$$

が成立するため、

$$\int_{a}^{b}h(x)dx\geq \int_{a}^{b}h_0(x)dx$$

となる。ここで、

$$\int_{a}^{b}h_0(x)dx\geq \frac{h(c)\delta}{2}$$

より、*5

$$\int_{a}^{b}h(x)dx\geq \frac{h(c)\delta}{2}\gt 0$$

となる。よって

「等号は常には成立しない」かつ「連続」ならば、不等号のイコールが外れることが示された。

対処法1の補足

もし不等号の関数が連続でなかった場合はこの議論が使えないのでは?という指摘が入るかもしれない。しかし高校数学で扱う関数はたいてい連続であるし、連続でない場合は不連続点はせいぜい1個程度なので、「連続な部分区間上に等号が成立しない点が存在するので」と書き換えればOK。つまり{\left[a,b\right]}上の関数{h:I\to\mathbb{R}}が連続でない場合、{[p,q]\subset [a,b]}という部分集合を取ってきて、{[p,q]}上で{h}が連続かつ{r\in[p,q]}上に{h(r)\gt 0}となる状況を作ればOKなのである。そうすれば{[p,q],r}に対して先程の議論を適用すればOKである。

もしそれが面倒な場合、「等号は常には成り立たないので」を「等号が成り立たない集合の測度が0より真に大きいので」と書き換えればOK(なはず)である。これはルベーグ積分への話に続きそうであり、筆者の数学力不足のため詳細な議論は省こうと思う。

(2019年8月13日追記:測度論関連の話題を追加しました。)

対処法2~測度論方面からの考察~(2019年8月13日追記)

「等号が成り立たない集合の測度が0より真に大きいので」という言葉は測度論関連の言葉を使うことで「ほとんど至るところで等号成立することはないので」と言い換えることができる。「ほとんど至るところ」というと曖昧な記述に見えるかもしれないが立派な数学用語である。「ほとんど至るところ」の意味は「例外の集合の測度は0」という意味となっている。また、英語ではalomost everywhereと書くので略してa.e.とも書き、対象とする測度μに対してμ-a.e.と書くことがある。

 さて、a.e.で等号成立することはないときに積分自体の等式が成立しないが言えるかどうかについてだが、結論から言うとOKである。ただしあまり自明ではなかったので証明を以下に示そう。

 

{I=[a,b]}上で定義された実数値を取る関数{f,g}についての積分を考える。*6今までと同じように,{\forall x \in I, f(x)\leq g(x)}とする。ここで積分するために使う測度はルベーグ測度とする。ここで集合{A,\{A_n\}_{n=1}^{\infty}}を以下で定める。

$$A=\{x\in I | f(x)\lt g(x)\},A_n=\{x\in I | f(x)+\frac{1}{n}\leq g(x)\}$$

となっている。ここで「μ-a.e.で等号が成立することはない」ということを仮定することにより{\mu (A)\gt 0}となる。*7

 また、集合の列についても以下の性質がわかる.

$$A=\cup_{n=1}^{\infty}A_n,A_1\subset\cdots\subset A_n\subset A_{n+1}\subset\cdots$$

ここで、「{\forall n,\mu(A_n)=0}とはならないことを示そう。

背理法で示す。{\{A_n\}_{n=1}^{\infty}}が単調増加列となっていることから、

$$\mu(A)=\lim_{n\to\infty}\mu(A_n)$$

となる。ここで、背理法の仮定より{\mu(A_n)=0}であるので、

$$\mu(A)=\lim_{n\to\infty}0=0$$

 となり,{\mu(A)\gt 0}であることに矛盾する。よって「{\forall n,\mu(A_n)=0}」とはならないことが示された。

つまり、ある自然数{m}が存在して、{\mu(A_m)\gt 0}となる。*8

よって、{h:I\to\mathbb{R}}を以下で定義する。

$$h(x)=\left\{\begin{array}{cc}\frac{1}{m}&x\in A_m\\0&x\notin A_m\end{array}\right.$$

ここで、{h(x)}は単関数となる。このときに、

$$f(x)-g(x)\geq h(x)(\forall x \in I)$$

が成立するため、積分の単調性により

$$\int_I f(x)-g(x)\mu(dx)\geq \int _I h(x)\mu(dx)$$

となる。右辺は単関数のルベーグ積分となるため、

$$\int_{I}h(x)\mu(dx)=\frac{\mu(A_m)}{m}\gt 0$$

となる。よって

$$\int_I f(x)-g(x)\mu(dx)\geq \frac{\mu(A_m)}{m}\gt 0$$

が示された。

結論(2019年8月13日追記)

「等号は常には成り立たないので」という言い回しは厳密には正しくない。厳密にするための代替案を具体的に挙げると以下の2つがある。

  1. 「等号は常に成り立たないことと連続であることから」

  2. 「a.e.で等号が成立するようなことはないから」

1.は連続でないと使えないが区分的連続であれば(「補足」に書いたとおり)OKなのでほとんどの場面で使えるだろう。高校数学では「任意の点で連続でない関数」はめったに出てこないので大丈夫である。*9それでも不安になった場合は2.を使うといいだろう。2.は確実に使える上に言い回しがしやすいのでおすすめだが、証明にルベーグの知識がいるのが難しいところである。(1.は学部1年レベルの数学で証明することができる。)

最後に

これを見た一部の人はこのように思うかもしれない。「細かいことはいいんだよ!」と。確かに受験数学レベルでここまで気にしたらさすがに病気かもしれない。多くの参考書は「等号は常には成り立たないため」という用語で無難に済ましていると思うが、その裏ではこのような数学的議論があるという話であった。でも受験レベルではあまり気にしない部分であるが、大学数学の領域だとこの点は気にするべき内容になると思うので、春から大学生になる人々はこの記事のことを気に留めておくといいだろう。

*1:「等号は常に成り立たない」と「等号は常に成り立たない」は別物である。前者は「等号が成立しない状況が存在する」であり、後者は「等号が成立する状況が存在しない」である。{\forall}{\exists}はちゃんと区別しよう。日本語は難しいね

*2:ちなみにこれは筆者が高3のときに数学の授業で発表した問題である

*3:高校生の読者のために一応。{\left[a,b\right]}有界区間であり、{a}以上{b}以下の領域という意味である。また、{f:A\to B}は、{A}上の要素に対して{B}の要素を定めている写像という意味である。まあかいつまんで言うと、{f:I\to\mathbb{R}}は、有界区間{I}上で定義されて、{\mathbb{R}}(実数)上の値を取る関数という意味である。ところで、これを読んで「なんでわざわざ写像って言うんだよ関数でいいじゃないか」とか、「なんで実数って言わずに{\mathbb{R}}って書くんだよ」と思う人がいるかもしれない。しかし数学の用語や記法、概念といったものは議論をしやすくするために長い時間を経て洗練されてきたものである。新しいものはよく分からないものであるが、それを頭ごなしに拒否せずに新しい概念をとりあえず受け入れようという姿勢で考えてみたら、なにか新しい発見をするかもしれない。

*4:本文では明記していないが、{f,g}は可積分関数であるとする。積分できる関数とわざわざいうのなら、積分できない関数もあるのかという質問が飛んできそうだが、もちろん「ある」。気になった人はDirichlet関数で調べてみよう!

*5:ここで、{\frac{h(c)\delta}{2}}ではなくて{h(c)\delta}ではないのかと気になった人は鋭い視点を持っている。そのように思った人はおそらく、{c-\delta\lt x\lt c+\delta}をみたす領域のサイズが{2\delta}であることから、{\frac{h(c)}{2}}に対して{\delta}を掛けるのではなく{2\delta}を掛けたほうがいいのではという発想から来ているのだろう。しかしここでは2倍しない方を採用したほうが良い。{I}上の定義域における{h_0}の挙動は{(c-\delta,c+\delta)}上で0より真に大きい値を取るが、このとき、{(c-\delta,c+\delta)\subset [a,b]}を満たしているという保証はない。δの区間がはみ出た場合、その不等式が成り立つ保証がなくなるのである。特に{c=a}または{c=b}のときにもっとも影響が大きくなる。その状況でもδの区間の半分は入っているため、もとの積分の値は{\frac{h(c)}{2}\times \delta}で下から抑えられることが言えるのである。…え?{\delta\gt 1}の場合どうするのかって?その場合はうまく避けるように{\delta}を定めればOKである。ε-δ論法では、{\delta}で条件を満たしていれば、それよりも真に小さい値、例えば{\frac{\delta}{2}}でも条件を満たしている  ({|x-c|\lt \frac{\delta}{2}\Rightarrow |x-c|\lt \delta}{|x-c|\lt \delta\Rightarrow |h(x)-h(c)|\lt \epsilon}より、{|x-c|\lt \frac{\delta}{2}\Rightarrow |h(x)-h(c)|\lt \epsilon}となるため)  ので、{\delta}を「条件を満たしている、かつ1未満を満たしている」ように定めればOKである。気をつけなければいけないのは、これが成り立つことを踏まえても、{\frac{h(c)}{2}}に掛けるものを{\delta}から{2\delta}に変えるのは良くない。なぜならば{c=a}のときは{\delta}をどれだけ小さくとっても区間{(c-\delta,c)}{I}に入らないためである。

*6:{\mathbb{R}}上のルベーグ積分に限定しなくても、一般の測度空間についてこの議論は成立する。

*7:{A}とは例外の集合なので{\mu (A)=0}ならば「a.e.で等号が成立する」となってしまう。

*8:たまに間違われがちだが、「{\forall n,\mu(A_n)=0}」の反対は「{\forall n,\mu(A_n)\neq 0}」ではなく、「{\exists n,\mu(A_n)\neq 0}」である。論理式を反対にするとき{\forall,\exists}が入れ替わるというように考えればよいだろう。数学をやるにおいては重要なことなので数学をやっている人間が間違えることはないのだが、それ以外の分野では、この論理学的な間違いを使った詭弁も一部で使われているので気をつけたいところである。

*9:任意の点で連続でない関数とは、例えばDirechlet関数である。「こいつはまた補足の中にまた出てきてしまったのか」と思いそうになってしまう。所謂「病的な例」といって反例構成するためによく使われるものである。